15 11月 2012

I got bangs and lost what?

ずっと切ろうと思っていた前髪を、先日ようやく切りました。 


中途半端に伸びた前髪を見ながら次の週末には切ろう!と誓うもののいざと鏡の前に立てば、お決まりの「あともう少し」が邪魔をしてた。
髪の調子がいい時なんかは「あれ?切らない方がいいんじゃないかな」とか思ったり。
前髪ひとつでよくもそんなに、と呆れられても仕方ないかな。 我ながら、つくづく優柔不断。

それが先日。
一人家で「アイディ。」を読んでいたところで頼んでいたCDが届いたこともあって。
切るときがきたんだろうなぁって、鏡の前に立ったとき自然に思えたのでハサミを入れました。
5センチ以上は切ったろう。 この一年、自分で切っていなかったことを思い出しつつ、結局1時間もかかってしまった。

前髪を切る。そんな些細な行為にもきっとふさわしいタイミングっていうものがあったんだ。
昨日でも明日でもなく、今日がそのとき そんな風に感じる瞬間があったんだと思う。
自分に意識を向けて、感覚がすこし敏感になっていたからこそ感じたのかも。

…なぜこんなシミッタレタ事を書くのかっていうと、風邪を引いてしまい少しダウンしている故。
喉のおくが空気をうまく通すことがてんで出来なくて、毎度思うけどやっぱりもどかしい。
「あ!」とか「うん」の一言でさえかすれてしまって、まるで思春期ボーイみたいなのさ。
なにより、好きな曲を口ずさんだり、ボソッと独り言をつぶやいたりすることが出来ないのがたまらなくストレス。
パソコンだって、文章だって、ずっと向かっているのが正直しんどい。
でもこれ以上文句を言うと風邪が飛んでってくれないかもしれないから割愛するとしようか。

なにはともあれ、単なる風邪であって聞き覚えのある声はそのうち戻ってくるだろうに、家出と風邪は少し人を弱気にさせます。
と同時に、声に出すことや文字に起こすことでどんなに自分が救われてるのか身に染みて思う。

ときどき自問自答するのだけれど、わたしは、文章を書くのは自分のためなんだって思ってる。
 冷たく聞こえたらごめんなさい。
でも、こればっかりは書き始めた高校生の時からブレていないんでしょう。
つまらない見栄だったりで人前で弱気になった不完全燃焼のわたしをたくさん救ってきた。

それに、正直に書けたなぁと思う記事であるほど友達からの反響も不思議と大きかったりする。
わたしの書く文章が好きだって言ってくれた人たちに感謝しつつ、だからといってわたしが彼らのための文章を書くだなんて、そんなこと今だってこの先だって思えやしない。

そういった意味で、先見性・専門性・有益性・読みやすさ・更新頻度を謳う昨今のブログ事情とは対極をなすから、もしかしたらブロガー、向いていないのかもしれないね(笑)
手紙とラジオと、もっとずっとアナログです。

だれかに見られることに怯えて、見てくれてたらいいなと淡い期待をしながら。

このブログは、わたしが思ってきた考えてきた、その変化が詰まっています。
ここがなかったら、何処にもやっとした感情の拠り所を見つけられなかったのかもしれません。
 あってよかった。

この数日で「Through fresh eyes」の意義が少し変わってきているように感じてます。
たぶん、このブログは知らなかったわたしの一面を拾い上げ続けてるんだろうな。

わたしはわたしのことしか救えないけれど、副次的にだれかスッと吸われ潤せるなら。
てんで矛盾しているようだけど、わたしの「ことば」を届ける仕事がしたい。
声を電波に乗せてみたいし、もっと違うかたちで「ことば」を届けてみたい。


前髪からここまで話が飛躍するのもすごいことだけど、果てしなくって壮大なこと考えたくなるのも病人の性ということにします(笑)

今宵も素敵な夢を。

posted by Midori

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