10 5月 2014

As a Photographer In 14.

12のとき壇上から見えたお客さんの目がキラキラ光っていたけれど、その理由がようやくわかったよ



GW、2月から撮影として関わっていたMPが全公演無事終了しました。
環境の大きく変わる4月を前に、メンバーとしての参加を断った今回。
代わりに、フォトグラファーとしてときどき現場での撮影。

そもそもシャッターさえ押せればだれでも写真が撮れる時代、
フォトグラファーがいなくても誰かは写真を撮っただろうし、
わたしがいなかったところで、瞬間瞬間は殺され続けたことでしょう

それでも居つづけたのは紛れもなくわたしが抱えていた、つまらぬ意地があったから
参加すればよかったのにー、そういう関わり方がうまいからいいよねー、と散々言われた今回は、
ヘッズでもメンバーでもない立ち位置に悩むなんてばかばかしい
そう頑なに思いながら、スカートはいてヒールを履いてリハ場に行った。
傍から見たら、ただただクールぶっていたと思われても仕方ないさ
実際のところ、やっとこさ二本足で立っていたようなものだから

「外側から写真を撮ってみたいから」という言い訳のような信念を胸に、
ファインダー越しに見守ることを貫けたのかというと、
正直なところ首をうんとは振れません(いや、見守るってそもそも何様)



1月の卒業論文の直後に始まったことせいか、
外部からMPと関わりつづける上でのもどかしさは、
撮影者が、普段被写体との距離感で悩むという構図に、心なしか似ていました

カメラという武器を媒介に、MPと自分とを対峙させた3ヵ月
でもその間殺された数多の瞬間は、不思議と平然と澄ました顔をしたままだ



気張って観ずにいた通しを初めて観たのは結局公演当日のゲネでした。

正直予想もしてなかったけれど、
舞台が始まった瞬間に涙でしばらくファインダーが覗けなかった。
「滲んだ視界でファインダーをも濡らしていいのは、少なくてもわたしじゃない」
と豪語したのはどこの誰??と自分でツッコミを入れたくなったのは言わずもがな

ただそれは、自分のいまの立ち位置がどうとかそんなちっぽけなことではなくて、
勿論悔しいのかうれしいのかなんて一言で表せられる感情でもなくて、
まるで12で止まった世田谷の秒針が動いたみたいで、2年前の感情が流れ込んできた。
脳内に勝手に始まったのはWAWWで、いまにもMamiが飛び込んできそうな気がした。

あれ?わたしのしたいことってこんな外から傍観し続けることだっけ?と、
写真で何がしたかったのか、わからなくて心の奥が痛くなった

世田谷でやり残したこと、やっぱりあったのかな。



それでも、そのあとは目が覚めたように無心で撮影を続けて、
場内場外好き勝手動き回らせてもらって、楽も特等席で見守らせてもらった。
全てが終わりに近づいていく緊迫感と惜しむ気持ち、

CC、最前列で今まで撮影してきた皆と目が合ったとき、
壇上に行きたいとはやる気持ちよりもほんの少しだけ、
目の前で12戦友たちの勇姿を観ることができた喜びが優ってました


……なんて心穏やかなもんじゃなかった。

全然ちがった、とハッとした。
12で出逢った時、わたしが泣いてた時階段で話を聞いてくれた時、
13で出逢った時、BSPで呆れた時、BSPで泣いてた時、
SSのとき、スタバで断ったとき、14キックオフの日、リハでの日々、
わたしはずっと、本当にずっと、収めていたはずなのに、
わたしはみんなの経過を追えてなかった

その間見てきたみんなの姿が、いかに一面二面でしかなかったのか、不甲斐なく思いました。
それを収めきれなかった自分は、文字通り名ばかりフォトグラファーじゃないか
気付いてしまってたまらなく、申し訳ない以前に悔しかった。

ああまた舞台に心残りをつくってしまったなぁ、ともらい泣きをしながらふと思っていました。
でも、贅沢な悩みを抱えてしまったと、いまはそう解釈したい。


14の公演が終わったいまは、とてもくるちゃんに会いたい
そんで当たり前みたいに次の舞台の打ち合わせがしたいよ

ただ思うのは、いつまでも勢いに任せた舞台をするのは、なんか違う
なんだかスマートじゃないし、若さの押し売りが持っているのは期間限定の希少価値・
こじつけのような気がするけれど、
その代わりのカードを探すため、いまビジネスを学んでいるようなものです
やるのなら、存在意義の存続意味のある、宝物みたいな公演をつくりたいもん
WILL・CAN・MUSTがぴたり重なるような、夢がつまった舞台


満足する舞台を創れたら、それが最後、と毎回思う
でも満足なんていう不確かな感覚は、ひと時もすれば忘却の彼方
それはたぶん時間の経過があっという間に、「満足」を浪費してしまうから
だから思ってしまうのでしょう、二度と戻らぬ空間をもう一度って。


最後になるけれど、
14の間も、謙虚にもやしを植え続けるまめもの皆の姿を見届けることは、
わたしのやりたい事のひとつでした。
この3ヵ月、
「BSPの子達はしっかりしてる頼れる」とうれしい声を、いろんなとこから絶えず聞いていました
リハ場に行くたびに人懐っこく寄って来るみんなのことが、わたしも愛おしくてしかたなかったです。

小屋に入ってもなお黒々したスタジャンをジャージをたくさん目にし、
それに身を包むたび、BSPでの気付きを思い出してくれていたことと、切に願っております

当初はBSPに未練タラタラだったみんなのことだから、今は14に戻りたいと嘆いてそうだ
それでもいつも心にいっぽんのもやしを持って、これからも進んでいってね



だけど、そろそろもやしを植えた…いよね?わたしは植えたいな…あ。




FIND ME ON  Facebook / Twitter / Instagram
posted by Midori